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ストーリー

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2020年06月26日

20年連続シェアNO.1、消えたデータを復元「ファイナルデータ」の誕生秘話!/AOSグループストーリー

当社AOSグループの起業は、1995年となりますが、ちょうどWindows 95がリリースされた年でもあり、インターネットが普及し始めた時でした。それまでは、大企業でソフト開発を行っていた当社のグループ代表がヒットソフトを出すというビジネスプランを作って独立して設立されました。そのビジネスプランには、ミリオンセラーのソフトを出すという内容が書かれており、それが会社設立のスタートでした。そして、設立してから1年9月後に、最初のパソコンソフトをゼロから開発して、販売しました。こだわっていたのはヒットソフトでした。世の中で成功して認められることの基準の1つに、販売数100万本と思っていましたので、創業したときからずっと「ミリオンセラーを出そうよ」といい続けてきました。当時のパソコンソフトは、1本1万円でしたので、単純計算ですが、100万本売ると100億円になります。何もないところから100億円の事業を作ったら、すごいことではないかと思いました。 でも実際にやってみるとヒットソフトを作るのは非常に難しいのです。最初に作ったソフトは全然売れなくて、10万本くらいでも売れたらいいと思いましたが、実際には6000本くらいしか売れず、1万本以上が不良在庫になる経験をしました。また2本目のソフトウェアを開発したときは、5000本くらいを販売目標にしました。しかし、今度は3000本くらいしか売れませんでした。改めて、ヒットソフトの開発に難しさを感じました。このように2本ほどソフトウェアを出して失敗して、資金もだんだん減ってきました。
ファイナルデータ11plus 特別復元版パッケージ

消えたデータを復元する「ファイナルデータ」の発売へ

その後も色々と試行錯誤が続きましたが、創業から5年後の2000年1月に発売したのが消えたデータを後から復元する「ファイナルデータ」でした。最初のうちは、ヒットソフトを市場に出すのは、不可能ではないかと考えたこともあります。その理由としては、ベンチャーなので販売体制がなく、営業もいないし、マーケティングも弱い。こういった何もない環境からどうやっていくか、また流通に対して実績もないので、どうすべきかを検討しました。 当時、ソフトバンクさんがソフトウェアの流通を担っていました。様々な会社のソフトを扱っているので、当社のソフトウェアだけ優先的に扱ってくれることもありませんでした。また、プロモーションをするにも、お金がかかります。お金かけてプロモーションをしても、売れなければ意味がありません。こういった状況で、難しさを感じてはいたのですが、ファイナルデータの開発中に、1件のデータ復旧に関する問い合わせがあり、当時でテラバイトのストレージの復旧の案件でしたが、開発中のソフトウェアを駆使して、なんとかデータを復旧することができました。お客様にも大変感謝された経験がありましたので、必ずニーズがあると信じて製品化を進め、2000年の1月に発売することができました。当時は、プロモーションの予算がなかったので、ファイナルデータのコンセプトカラーである赤いジャンパーを着て、社員総出で量販店の店頭でのデモを実施しました。自社での試行錯誤のプロモーションや、販売戦略を進める中で、消えたデータを復元するファイナルデータが売れ始め、2001年に日経優秀製品・サービス賞の優秀賞をいただきました。

「ファイナルデータ」発売時に店頭で展開したプロモーションの様子

「ファイナルデータ」発売時に店頭で展開したプロモーションの様子


プロモーション時に店舗に並んだ「ファイナルデータ」

プロモーション時に店舗に並んだ「ファイナルデータ」

当社グループの代表の佐々木が、最初に入社した大手コンピュータメーカーでは、データの消えないコンピュータシステムの開発に関わっていましたが、うまく作ることができませんでした。そこから発想の転換をしました。あれだけ開発費をかけてもデータの消えないコンピュータが作れないということは、多くのユーザーが日常的にデータを飛ばしているのではないかと考えました。実際にどのくらいデータを失っているのか、アンケート調査を行ってみました。一般ユーザーの人で、8割くらいが大事なデータを失ったことがあると回答しました。さらに、もっと専門的なシステムに関わるような人では、9割くらいがデータを失ったことがあると回答しました。ここで、「あれ?」と思いました。つまり、データは、ほぼ日常的に失われていると考えました。となると、後からデータを復元するソフトウェアのニーズはあるだろうという結論になったのです。実際に消えたデータを復元するソフトウェアを出してみたら、非常に当たり、データ復元ソフトのシステムメンテナンスソフトの市場で、20年以上、1位のシェアを築き上げることができ、ふと気づくと累計100万本を超えていました。振り返ってみると非常に成功したといえるのではないかと思っています。発売当時は、消えたデータを復元するというソフトウェアは世の中になかったのです。

▼データ復元ソフト「ファイナルデータ」シリーズ(AOSストア)
https://www.aosstore.jp/category/FINALDATA/

ソフトウェア販売からサービスの提供へ

こうしてファイナルデータの販売を続けて、消してしまった仕事のデータや、家族の写真などを復元できたというお客様からの感謝のお声をいただき、お客様のお役に立てるソフトウェアをご提供できるというやりがいを感じておりましたが、データ復元のソフトウェアで復元できない方もおられました。パソコンでソフトウェアをインストールして復元するという作業は、パソコンのある程度の知識がある方でないとできないのです。つまり、ソフトウェアの販売だけでは十分ではないと気が付きました。

そこで、次に始めたのは、データ復旧をサービスで行うものです。後に、データ復旧サービスと呼ばれますが、そのサービスを開始しました。 しかし、これも最初は、非常に手探りの状態でした。もともとはソフトウェアを開発して販売する会社です。復旧サービスをやるのはいいのですが、サービス会社ではないので、そんな仕組みがありませんでした。どうやって消えたデータを復旧するサービスをやればいいのか、最初はまったくわかりませんでした。家電量販店に行き、店舗内にデータ復旧サービスの窓口を開設してもらいました。そこでサービスの受付をするのですが、当初は、ほとんど依頼がきませんでした。これは、だめだと思いました。もう少し、窓口を増やせばいいかと思い、次にやったのは、印刷やコピーなどのビジネスサービスを展開する店舗に行き、そこを窓口にしてデータ復旧サービスを24時間受け付けるようにしました。こうすれば、依頼件数が増えるのではないかと思いました。実際にスタートするのも大変でした。たとえば、依頼した店舗のスタッフの方は復旧のやり方を知りません。そこで、復旧のやり方を教えてほしいといわれました。そこで、当社でパソコンも購入し、復旧方法も教育し、サービスを開始しました。すると、少しずつ売り上げが立ってきました。その後、別の問題が発生します。お願いした店舗のバイトの方が頻繁に辞めてしまうのです。また、最初から教育しないといけなくなりました。また、難しい局面に遭遇しました。最後は、無償で貸し出したパソコンだけが、使われずに眠っていて、店舗の方も復旧の作業が大変なので積極的にご案内しなくなりました。これもうまくいきませんでした。復旧サービスに関しては、こういった試行錯誤がありました。
AOSデータ復旧サービスイメージ

どうやったら、サービスとして成り立つのか、結論からいえば、自力でやらないとだめだということでした。仕方がないので、自分たちで復旧サービスをやることになりました。サービス会社ではないので、復旧をやる人もいないですが、無理矢理やるしかありませんでした。このように試行錯誤しながら、復旧サービスを構築していきました。もっとも大きな転機となったのは、NECパーソナルコンピュータ様にデータ復旧サービスを採用いただいたことでした。採用されるまでには、けっこう時間もかかりましたが、最終的には任せますというお返事をいただきました。NECパーソナルコンピュータ様の窓口でデータ復旧サービスがフル稼働すると、ものすごい数のパソコンが当社に送られてきました。これを全部、復旧しないといけなくなりました。ちょうど年末の時期で、社員全員で正月を返上して復旧作業をしました。ちょうど弊社が大きくなり始めたときのきっかけともいえるエピソードです。今は、各大手量販店様のデータ復旧サービスも裏方では、当社が全て復旧するというところまできています。こうして、データ復旧サービスも順調に成長するようになり、何十万人というお客様のデータを復旧して参りました。

▼AOSデータ復旧サービスセンター
https://www.data119.jp/